さまよえる田中のさまよわない日々 連載9回目
※
全10
回予定のこの連載も、早くも9
回目。
夫婦で交互に書いているので、僕の回はこれが最後。
僕は、文章を読むのは好きだけど、書くのは、締め切りないとなかなかしません。
嫌いじゃないんですが。
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前回、妻が「我が家には冷蔵庫がない」と書いていたが、うちには他にもないものがある。
「お金でしょ」というあなた、悔しいけれどそれも正解。
しかしこの流れでの答えはテレビである。
そもそも僕の実家にはテレビがなかった。
実家を出たらテレビを買おうと思っていたが、結局買わなかった。
そして、今までテレビがあったのは、青年海外協力隊でパプアニューギニアにいたときと(
雷で壊れた)
、日野町に移住してきた当初の空き家(
地デジ化にともない映らなくなった)
くらいである。
話は脱線したが、現在我が家には、戦後日本の家電三種の神器のうちのふたつもないのである。
洗濯機もちょっとタイミングがずれていればなくなっていたかもしれない。
そんな暮らしを見た友人から、「ちょっと、何時代なの?」と言われもしたが、僕たちはみなさんと同じように平成の世に生きている。
まあ、いろいろとないものがある暮らしだが、それほど困っていることはない。
魚をたくさんもらったときには、開いて塩をまぶして、猫や狸に取られないようなところに吊るして干物にした。こんなかんじかなというイメージで適当にやってみたが、意外に上手くでき、おいしくいただいた。
テレビもよそで見ることはあるのだが、暗い気持ちになるニューズが多くて、ないならないでそういう情報にふれなくていいのかもしれないとも思う。
本を読んだり、話をしたり、昨年からはじめた影絵の制作にいそしんだり、テレビはなくともやることはたくさんある。
敢えてこういう生活を目指しているつもりはないのだが、「コレがなければ」というこだわりや思いこみは少ないほうが自由になれる気がする。
ないものがある暮らしには、工夫があると思う。そして、そういう生活は、やってみるとけっこう楽しい。
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